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2010/09/10

3日目-9 一ノ沢を下る4 登山口まで

烏帽子沢は広い河原で、河原を歩いた後、一ノ沢と合流する手前で、丸太で補強した狭い道に入る。
すると登山道は小川のようになっていて、滑りやすかった。このようなところはあちこちにあって、昔山男も山姥も滑って尾てい骨を打ち付けてしまった。そのためかここからの下りはより遅くなっていった。
地図はこちら
少しでも道が平らになったり、森が透けて明るくなるとほっとするが、悪路はまだまだ続く。
左に倒木更新をした大きな木を見つけたが、気づかずに歩き続ける昔山男。
いつのまにか川と変わらない高さの道になっていた。ベンチで2人で物を食べている人の前を通り過ぎ、トリカブトを見つけた。他にも咲いていないかと辺りを見回すと王滝ベンチの小さなプレートを見つけた。さっきのベンチが王滝ベンチだったのか、12時。烏帽子沢から25分、胸突八丁から1時間38分かかっている。
小さな文字で「あと1時間」とあったが、近くには「あと2時間」の表示もあって不安になる。2時間ならタクシーの1時半にかなり遅れてしまう。地図で確かめるとあと50分だった。
地図では距離の割に所要時間が短いので、もう平らな道になるのかと思ったら、王滝ベンチを過ぎるとまた道が川になっていた。丸太橋を渡るとまた平らな道になったのでほっとした。
ところがその先は、登山道というよりも山の斜面を無理矢理通って草が抜けたような狭い道だった。その上人がどんどん通るので曲がった木の周囲の土がえぐれてしまって通りにくかった。このようなところがしばらく続いた。
あの学校登山の中学生たちはこんな道でも一列で駆け下りたのだろうなあ。我々の下山時の遅さは加齢だけではないような気もする。
その後滑りやすい木の根が掘り返された斜面を下りると一ノ沢に出た。勢いよく水が流れていく。
川はまた見えなくなった。
もう追い上げて来る人はいないだろうと思っていたのに、また1人我々を追い越してすぐに視界から消えていった。
蝶ヶ岳ヒュッテから常念乗越まで5時間かかる。大天荘から常念乗越まで3時間、せっかく来たのだから常念岳に往復2時間。どちらから来ても我々を追い越すには早すぎるのでは。
池を見つけた。これが地図に出ている「池」だろう。
先が明るくなるともう森を抜けるのかと期待するが、それは傾斜のきつい下りがあることを予告するものであることが段々とわかってきた。
すぐに大糠沢という小さな流れがあった。
10分ほど歩くと大木に出くわした。見上げると視界一面にこの木の枝と葉が広がった。これが「山の神」か。白木の鳥居に後で気がついた。
木の向こうに道標があった、登山口まであと500m。今12時52分、あと10分では無理だろうなあ。
山の神を過ぎるとさすがに平たい道だろうと思ったらこんな道。標高差はまだ180mもある。
もう写真を撮るのも嫌気がさし、ひたすら下った。
一ノ沢は段々大きな流れとなっていくものと思っていたが、気がつくと登山道の右側に小さな流れがあった。昔山男は、本流は向こうの方だろうと言う。
そういえばかなり高い中州がある。中州というよりも土石流の跡のようだ。木が細いのばかりなのは、そう古くない頃に土石流があったのかも。
そんな話をしていたら屋根が見えてきた。最後の丸太橋を渡って登山口にやっと到着、13時7分。王滝ベンチから1時間6分、胸突八丁から2時間45分、更に 常念乗越から4時間4分と長々と時間をかけて、尻餅をついて下山した。
タクシーの予約時間よりも早く着いて昼食にしようという計画だったが、タクシーは早めに来て待っていてくれることが多いので、とりあえずそのタクシーが来ているか探す。
やっぱりもう来ていた。そうなると食事よりもタクシーで車まで戻る方を選び、携行食をタクシーの中で食べることになった。
タクシーの運転手さんは、学校登山で山小屋はうるさかったでしょう。7月はどうしても地元の中学生の学校登山が多くて、と申し訳なさそうだった。
しかし、昨夜は8時前には静かになり、1階のテレビ前でいつまでもしゃべっている大人の方がうるさかった。
夜中にトイレに行くと、廊下に敷き布団と寝袋を運び出し、爆睡している豪快な生徒がいて笑ってしまった。


この区間の花


昨年は変形性股関節症で山歩きも大変だった昔山男だが、今年は筋力トレーニングを心がけ、かっくんかっくんならずに歩けるところまで良くなった。今回の山歩きも時間がかかったとはいえ、股関節を悪化させずに済んだらしく、9月になったらどこか山に登ろうと言った。
山姥も、9月に入ると空の青さが変わると聞いたので、是非山に行きたいとトレーニングは続けてきた。
しかし、この暑さ!昔山男は段々とトレーニングよりも昼寝を選びがちになり、少し凹んでいたビール腹は元通りとなった。9月下旬に白山でも行こうと昔山男はやっとトレーニングを再開したが、続くかどうか・・・


※参考文献
「山と高原地図37 槍ヶ岳・穂高岳」 (2010年 山と渓谷社)

2010/09/09

3日目-8 一ノ沢を下る3 烏帽子沢まで

胸突八丁からはしばらく河原を歩くことになった。雪はここで終わり。
地図はこちら
10分ほど歩くと壊れた道標があったが何と書いてあるのかわからない。登山口まで2時間ということだろう。果たして我々が2時間で着けるだろうか。
矢印に従って川を丸太橋で渡る。
地図の通り左岸の道は崩壊したままだ。
しばらくは右岸、というよりも中州のようなところを歩くことになる。
花は多かったものの、荒れた道が続いた。この小さな流れを渡って右岸に出たと思っていた。
悪路が続いたがやっと平たい道になったと思ったら、またひどい道になってしまった。
健脚の人達はこんな道でもさっさと歩いて行けるのだろうが、バランスの悪い我々はどてどてと横揺れしながら進むので、なかなか距離を稼げない。
この先は一体どうなっているのかとうんざりしたところで左岸へ移る丸太橋があった。
笠原沢に着いたのは11時。胸突八丁から38分かかった。ここから600mも下るのか。
また丸太橋を渡り沢に沿って歩く。
左岸も我々には歩きにくい道だった。
小さな沢にも丸太橋が渡してある。この先もかなりの下りとなっていた。
枯れ木が横に倒れているのか、道の脇に置いてあるのか。
平たい道になるともう急坂は終わりかと安心するが、先にはまだまだかなりの下りが待っていた。
そして、ハシゴのような階段を下りていくと、
水のない広い沢があった。
ここが烏帽子沢だった、11時31分。下りの中間点あたりになる。
胸突八丁からここまで1時間10分かかった。あと10分で王滝ベンチまで行けるだろうか。
この区間の花


※参考文献
「山と高原地図37 槍ヶ岳・穂高岳」 (2010年 山と渓谷社)

2010/09/08

3日目-7 一ノ沢を下る2 胸突八丁まで

最終水場の標識のところから小さな流れに架かる橋まで下りてきた。
ここからはいろんな種類の花が咲いていて、なかなか早く歩けない。
地図はこちら
流れに沿って歩いて行く。流れと登山道があまり変わらない高さ。
と思ったら、すぐ先で谷は深くなり、その先に残雪が見える。
薄いガスが上がってきた。道の脇にはハクサンオミナエシがびっしりと咲いているので、写そうと振り向くと、別のグループが追い上げてきた。
競争ではないのだが、あまりゆっくり歩いていると、タクシーの時間に遅れるのではないかと心配。
さっきの人たちが向こうの崖の道を歩いている。少し離れたくらいにいてくれると、先がどうなっているかわかるので有り難い。
ガスっているが雪の残る一ノ沢に出たらしいことがわかる。
階段?の脇に咲く小さな花はセンジュガンピ。昔山男が1つ撮っただけで行ってしまったので、山姥が群生を写したが全部ピンボケだった
常念乗越から最終水場と比べると、登山道自体の傾斜はずっと小さいが、ジグザグを何度繰り返しても一ノ沢には着かない。谷はずっと下にある。
補強されているものの、道は狭く斜度がきついのでお花畑という感じで写すことは不可能だ。
上の写真から更に6分歩いて一ノ沢に出た。先ほど追い越して行った人たちがゆっくりと休憩している。
水は中央を流れ、両端に雪が残っている。
やっと胸突八丁の標識があった、10時18分。20分のところを23分ほどでやってきた。
一ノ沢の上流側。
そして下流側。
20数年前のことなので、どこからどこまでなのか覚えていないが、6月初めというとこの辺りはかなりの雪が残っていたので、登山道ではなく雪の上を歩いて下りた。
この区間の花

※参考文献
「山と高原地図37 槍ヶ岳・穂高岳」 (2010年 山と渓谷社)

2010/09/07

3日目-6 一ノ沢を下る1 最後の水場まで

常念頂上から1時間10分もかかって常念小屋まで下りてきた。途中で常念乗越を見下ろすと中学生が一列で下山していくのが見えた。
実は昨夜から一ノ沢には何時に下りられるかが問題になっていた。1日目・2日目とゆっくり目の計画よりも早めに到着していたので、2時着ではなく1時着に見直しても良いのではないかということになった。
ところが、常念は往復共に予定より時間がかかってしまったので、再度検討して1時半にした。
何故登山口に到着する時間を決めないといけないかというと、迎えのタクシーを乗越で予約しておかないといけないからだ。昔は常念小屋で電話を借りたが、今では携帯という文明の利器がある。しかし、谷に入ってしまうとさすがにどこの携帯も繋がらないため、乗越で掛けておく必要があった。
水を飲みながらそんな話をしていて咳き込んでしまった。すると左胸にまた痛みが走ったので、胸の痛みは筋肉痛でもなく、1日目に合戦尾根を登っていて木の根に足を引っかけて顔から倒れた時に左胸も打ち付けたために骨にヒビが入ったものと判明した。肋骨を折っていたらすぐに激痛がしたはずだが、ヒビだったので2日間歩いてもどうもなかったのだろうか。
地図はこちら
標高2460mの常念乗越から1300mの一ノ沢登山口まで5.7㎞歩くことになる。乗越は「のっこし」と読んでいたが「のりこし」だった。それぞれの地方で読み方もさまざまだ。
最後に槍ヶ岳の写真を撮す。
では出発、早々と追い越された、9時4分。
すぐに九十九に折れた道となった。樹林帯に入る前に常念を見上げる。
針葉樹の多い樹林帯に入ると悪路の急降が続く。
20分ほどで道標があった。ただの「ベンチ」で乗越から500m歩いて、標高を60m下りたらしいことがわかるのはよいが、ベンチは見当たらない。崖崩れで壊れてしまったのだろうか。
こんな大木が倒れて道をふさいでいる。これはしゃがめば良いのだが、
このように真下に下りるような落差があって、しかも丸太なので足がかけにくい。
谷に近づいてきたようだ。
道標が寄りかかるようにあった。ここまで1㎞歩き、210m下がった、9時51分。
近くに細い水の流れがあったので飲んだ。これが最後の水場なのだろうか。
谷の方でくつろいでいる人達はずっと前に我々を追い越していったグループだ。
この流れが最後の水場だろうか。
この区間の花

※参考文献
「山と高原地図37 槍ヶ岳・穂高岳」 (2010年 山と渓谷社)

2010/09/06

3日目-5 常念岳頂上からのパノラマ2

南アルプスの南端からあまり離れずに中央アルプスが小さく見える。木曽駒ヶ岳(2956m)が最高峰。その次に現れるのが、先ほど岩の間から見えた御嶽山(3067m)と乗鞍岳(3026m)。
近くには蝶ヶ岳(2667m)、蝶に続く長塀山(ながかべやま、2564.9m)はほとんど隠れている。大正池の向かい側にある霞沢岳(2645.6m)も見えている。
長塀は20数年前にいやいや登って、頂上まで辿り着けなかった山だ。いつか上高地から徳沢・長塀・蝶・常念・大天井・燕・中房と、反対側から槍を眺めながら縦走してみたいものだ。
御嶽山からも常念が常念らしい三角の形で見えた。その写真はこちら
乗鞍も大きな山だ。登った時はガスってしまって頂上が見えなかったのに、晴れていればこんな遠くからでもはっきりとわかる。
2002年の夏、燕から表銀座を縦走し、槍沢を下りて横尾から蝶に登った時は、樹林帯を抜けるといきなり稜線に出た。
あまりにも風が強いので、そのせいで植物が育たないのかと思うほどだった。寒いくらいに強い風の中を蝶槍(2664.3m)まで往復した。
蝶ヶ岳ヒュッテに泊まり、翌日は三俣に下りたが、その3泊4日間、一度も槍ヶ岳の穂先が見えなかったのだった。
しかし今日は槍から穂高連峰までがはっきりと見える。しかも今年は雪が多いので岩山が際立って見える。
また、高瀬川断層が水俣乗越のそばを通って横尾尾根の白矢印の箇所にできた横ずれ断層(『山が楽しくなる地形と地学』より)だという。
我々よりも下の方で槍穂高を眺めている人達がいた。下からだと梓川がよく見えるのだろうか。
涸沢ヒュッテは屏風の頭で隠れてしまったが、涸沢小屋の方が見える。
穂高連峰。93年の秋分の日頃に横尾から涸沢に入ると紅葉が始まっていた。その時は奥穂-吊尾根-前穂と縦走し、岳沢を下った。吊尾根は文字通り尾根の上を歩くのかと思っていたら、登山道は上高地側か涸沢側かについていて、歩きながら両側が見えるなどということはなかった。
岳沢の下りはきつく、樹林帯に入ってからの長々とした歩きからやっと開放され、河童橋を渡ると五千尺ホテルへ直行。喫茶室で大きなケーキを頬ばった。リュックはさすがに外に置いたが、汗と土まみれだったが何も言われなかった。
涸沢から穂高岳山荘まではザイテングラートという急登をバテバテで登った。翌年の夏、槍から縦走して穂高岳山荘に再び泊まった。
北穂高小屋もはっきり見えた。槍穂を縦走した時はこの小屋のテーブルを借りてお昼を作った。人に馴れたイワヒバリが足元を歩き回っていたのを思い出す。
飛騨泣きからの急登も、南峰に登った時もガスって周りがよく見えなかったが、その方が高度感がなく恐がらずに済んだのかも。涸沢岳は何も見えないからと頂上を通らないルートを選んだ。
どうも槍穂縦走した時とは逆方向に写真が展開しているのだが、長谷川ピークでナイフリッジを通っているのが怖くなってしばらく動けなかったのを思い出した。飛騨泣きでビビってしまったら命にかかわるので、下を見ないようにして通ったため、滝谷側がどんなだったか記憶がない。
15年以上たった今の方が健脚だが、バランスが悪くなってしまったのでもう大キレットを通ることはできないだろう。しかし、これからも槍穂を眺めながら山歩きをする楽しみは残っている。次回は必ず上高地-徳沢-長塀-蝶-常念-大天井-燕と逆のコースから縦走して、小槍が段々と現れるのを楽しもう。
『百名山パノラマ案内』で大キレットの向こうに白山が見えることを知ったので、実は期待していた。最初は雲しか見えなかったが、頂上で粘っていたら白山らしき山が見えてきた。
大喰・中岳とガレというか、採石場を通っているような登山道だったなあ。
そして最後はなんと言っても槍ヶ岳。常念と槍穂高は人が見える程には近くなかった。
今度槍に登るとしたら、やっぱり槍平からが近くて楽かな。しかし槍沢からも登ってみたいなあ。
せっかく登ったら、そのまま下山するのも惜しい。南岳まで縦走して、大キレットをこわごわのぞき込んで、南岳新道から槍平小屋へ下りるルートもあるが、それも我々には危険だろうなあ。
それとも槍平小屋から南岳へ登り、大キレットを眺めた後は槍を正面に見ながら近づいていくというのはどうだろうか。


※参考文献
「山と高原地図37 槍ヶ岳・穂高岳」 (2010年 山と渓谷社)

「百名山パノラマ案内」(1999年 白山書房)
「アルプス大展望」(近藤辰郎・今野岳志・三枝輝雄・花畑日尚 1991年 山と渓谷社)
「山が楽しくなる地形と地学」(広島三朗 1991年 山と渓谷社)